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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1835号 判決 1995年6月23日

上告人

石川清正

右訴訟代理人弁護士

柴田耕次

山村忠夫

被上告人

京都信用金庫

右代表者代表理事

井上達也

右訴訟代理人支配人

島田茂

右訴訟代理人弁護士

吉永透

栗山忍

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柴田耕次、同山村忠夫の上告理由第一について

一  原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。(1) 金再鶴は、有本長三郎の実姉であって、被上告人の有本に対する求償金債権を担保するために、その所有する原判決別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に根抵当権を設定したが、その設定契約には民法五〇四条に規定する債権者の担保保存義務を免除する旨の特約(以下「本件特約」という。)が付されていた。(2) 被上告人は、その後、有本に追加融資をするのに伴い、右根抵当権の共同担保として、有本からその所有する不動産に根抵当権(以下「本件追加担保」という。)の設定を受けた。(3) 被上告人は、金再鶴の死亡後に、有本から追加融資分の残元利金全額の弁済を受けるのに伴い、本件追加担保を放棄した。(4) 上告人は、金再鶴の子であって、右放棄の後、遺産分割又は他の相続人らからの買受けにより本件不動産を取得したものであるが、本訴により、被上告人に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張して根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた。

原審は、右事実関係の下において、本件特約の存在を理由に、民法五〇四条による免責の効果が生じていないものとして、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人の請求を棄却した。

所論は、要するに、本件において被上告人が本件特約の効力を主張することは信義則違反又は権利の濫用に当たり、また、物上保証人からの第三取得者である上告人に本件特約の効力を及ぼすべきでないから、いずれにしても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があるというのである。

二  債務の保証人、物上保証人等、弁済をするについて正当な利益を有する者(以下「保証人等」という。)が、債権者との間で、あらかじめ民法五〇四条に規定する債権者の担保保存義務を免除し、同条による免責の利益を放棄する旨を定める特約は、原則として有効であるが(最高裁昭和四七年(オ)第五五五号同四八年三月一日第一小法廷判決・裁判集民事一〇八号二七五頁参照)、債権者がこの特約の効力を主張することが信義則に反し、又は権利の濫用に当たるものとして許されない場合のあり得ることはいうまでもない。しかしながら、当該保証等の契約及び特約が締結された時の事情、その後の債権者と債務者との取引の経緯、債権者が担保を喪失し、又は減少させる行為をした時の状況等を総合して、債権者の右行為が、金融取引上の通念から見て合理性を有し、保証人等が特約の文言にかかわらず正当に有し、又は有し得べき代位の期待を奪うものとはいえないときは、他に特段の事情がない限り、債権者が右特約の効力を主張することは、信義則に反するものではなく、また、権利の濫用に当たるものでもないというべきである。

これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、前記の事実に加えて、次の事実を指摘することができる。(1) 被上告人の有本に対する融資は計四億円であったが、その実行は二回に分割され、まず本件不動産についての根抵当権設定時にその担保価値に見合うものとして一億五〇〇〇万円が、次いで本件追加担保設定時にほぼその担保価値に見合うものとして二億五〇〇〇万円が貸し付けられた。(2) 追加融資分の弁済は、本件追加担保の目的物件の売却代金によってされた。(3) 本件追加担保の放棄に際し、被上告人は、有本に対して金再鶴の相続人らの了解を得ることを求めたが、有本が、その時間的余裕がないので直ちに右放棄をするよう強く要請し、かつ、金再鶴の相続人らには異議の申立てをさせない旨の念書を差し入れたので、有本の右物件売却に協力する趣旨でこれに応じた。

この事実関係からすると、被上告人が本件追加担保を放棄したことは、金融取引上の通念から見て合理性を有し、本件不動産を担保として提供した金再鶴及びその相続人らの本件追加担保への正当な代位の期待を奪うものとはいえないから、他に特段の事情のあることの主張立証のない本件においては、被上告人が金再鶴の相続人らに対し本件特約の効力を主張することは、信義則に反するものではなく、また、権利の濫用に当たるものでもないというべきであり、したがって、右放棄によっては民法五〇四条による免責の効果は生じなかったというべきである。

三  債権者が担保を喪失し、又は減少させた後に、物上保証人として代位の正当な利益を有していた者から担保物件を譲り受けた者も、民法五〇四条による免責の効果を主張することができるのが原則である(最高裁昭和六一年(オ)第一一九四号平成三年九月三日第三小法廷判決・民集四五巻七号一一二一頁参照)。しかし、債権者と物上保証人との間に本件特約のような担保保存義務免除の特約があるため、債権者が担保を喪失し、又は減少させた時に、右特約の効力により民法五〇四条による免責の効果が生じなかった場合は、担保物件の第三取得者への譲渡によって改めて免責の効果が生ずることはないから、第三取得者は、免責の効果が生じていない状態の担保の負担がある物件を取得したことになり、債権者に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張することはできないと解するのが相当である。

本件においては、被上告人が本件追加担保を放棄した時には、前示のとおり、本件不動産の当時の所有者である金再鶴の相続人らとの関係において民法五〇四条による免責の効果は生じなかったのであるから、上告人は、右相続人らから本件不動産の譲渡を受けた第三取得者であるとしても、免責の効果が生じていない状態の根抵当権の負担のある本件不動産を取得したものであって、被上告人に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張することはできない。

四  所論の点に関する原審の判断は、以上の趣旨に帰するものであるから、これを正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)

上告代理人柴田耕次、同山村忠夫の上告理由

第一 原判決には、民法第五〇四条の解釈適用において、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

以下、その理由を示す。

一 民法第五〇四条と担保保存義務免除特約に関する従来の裁判例は以下の通りである。

1 最高裁昭和四八年三月一日判決は、保証人に対する関係における債権者の担保保存義務を免除し、保証人が民法五〇四条により享受すべき利益をあらかじめ放棄する旨を定めた特約は有効である旨判示し、いわゆる担保保存義務免除特約の有効性を認めている。

2 東京高裁昭和五四年三月二六日判決は、右最高裁判決を前提にしながらも、担保保存義務を免除する特約は、契約締結に当たって、保証人にその特約の存在とその趣旨を了解させることを要するとの立場をとる。

つまり「……控訴人らは前記証書の条項は全く知らされていなかったものであり、……右特約の効力を認めて控訴人らの免責を認めないことは、控訴人らの予期に反してその負担を無用、不当に加重させ、反面格別の肯首し得ベき理由もなく保証人の利益を無視した恣意を容認することになり、被控訴人の利益保護に偏することの謗りを免れ難いもので、信義則に反し許されないというべきである」と判示する。

3 福岡高裁昭和五九年四月二六日判決は、右最高裁判決を前提にしながらも、「債権者の担保保存義務を免除する特約があっても、連帯保証人が物的担保があることが動機となって連帯保証したような場合にあっては、債権者が故意又は重大な過失により担保を喪失し又は担保の価値を減少させた場合には、債権者は信義則上、前記特約の効果を主張することができない」と判示する。

4 最高裁平成二年四月一二日第一小法廷判決は、「保証人が債権者に対し、債権者の担保保存義務を免除し、民法五〇四条により保証人の享受すべき利益を予め放棄する旨を定めた特約は、有効であるころ、右特約の効力を主張することが信義則に反しあるいは権利の濫用に該当するものとして許されないというべき場合のあることはいうまでもない」と判示し、しかし、本件における担保差替え当時の状況からして、取引上の通念に照らし被上告人に故意ないし重大な過失があるということもできないとして、保証人の免責を認めた原判決(前記福岡高裁昭和五九年四月二六日判決)を信義則に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとして、原判決を破棄している。

つまり、原審確定の事実関係によれば、被上告人の担当者であるAは、Bの担保差し替えの要請に応じるにあたり、代替担保物件としてC所有の乙山林につき、その現地を見分し、銀行にその評価額を尋ね、付近の分譲地の地価を考慮に入れて八七七八万六〇〇〇円と評価したというのであって、これらに事実に照らせば、たとえその後の競売手続きにおいて乙山林の最低競売価額が二二一一万と定められ、競落人がいないため最低競売価格が八五八万八〇〇〇円まで逓減され、それでも競落人がいないため被上告人が競売申立を取り下げたとの事実があるとしても、右担保差換えにより結果的に担保が減少し保証人たる上告人の代位の利益を害する結果となることにつき被上告人に故意があると言えないことはもちろん、右担保差換え当時の状況のもとにおいて取引上の通念に照らし被上告人に重大な過失があるということができず、その他被上告人が上告人に対して本件担保保存義務免除特約の効力を主張することが信義則に反しあるいは権利の濫用に該当するものとすべき特段の事情があるとは言えないから、被上告人は、上告人に対して本件担保保存義務免除特約の効力を主張することが許されるものといわねばならないと判断する。

また、「本件信用保証委託契約については不動産を担保に供していて迷惑はかけないから連帯保証をしてほしいと依頼され、甲山林を見分して十分の担保価値があるものと信じて連帯保証することを承諾したとの原審確定の事実は、本件担保保存義務免除特約を締結した当の相手方である被上告人との間においては、特段の意義を有するものとは言い難い」と判示する。

5 最高裁平成三年九月三日第三小法廷判決は共同抵当関係にある不動産の一部に対する抵当権の放棄とその余の不動産の譲受人が民法五〇四条所定の免責の効果を主張することができるかについて、次のように判示する。

つまり原判決が「民法五〇四条の規定は、同法五〇〇条所定の法定代位権者がある場合において、債権者の故意又は懈怠による担保の喪失又は減少により法定代位権者が償還を受けれなくなり、その当時法定代位権者が有していた代位により得られるべき利益を害されることになったときに、償還を受けられなくなった限度でその責任を免れることとして、法定代位権者を保護することを目的として設けられたものであるところ、抵当不動産の第三取得者は、取得前の債権者の担保権の喪失又は減少については、これにより何ら右のような利益を害されるものではないから、右規定に基づく免責を主張することはできないものと解すべきである」と判示したことを是認できないものとして原審に差し戻し、その理由として次のように判示した。

「債務者所有の抵当不動産と右債務者から所有権の移転を受けた第三取得者の抵当不動産とが共同抵当の関係にある場合において、債権者が甲不動産に設定された抵当権を放棄するなど故意又は懈怠によりその担保を喪失又は減少したときは、右第三取得者はもとより乙不動産のその後の譲受人も債権者に対して民法五〇四条に規定する免責の効果を主張することができるものと解するのが相当である。すなわち、民法五〇四条は、債権者が担保保存義務に違反した場合に法定代位権者の責任が減少することを規定するものであるところ、抵当不動産の第三取得者は債権者に対し同人が抵当権をもって把握した右不動産の交換価値の限度において責任を負担するものに過ぎないから債権者が故意又は懈怠により担保を喪失又は減少したとき、同条の規定により、右担保の喪失又は減少によって償還を受けることができなくなった金額の限度において抵当不動産によって負担すべき右責任の全部または一部は当然に消滅するものである。そして、その後更に右不動産が第三者に譲渡された場合においても、右責任消滅の効果は影響を受けるものではない」と判示する。

6 ところで、右5の最高裁判例では、担保保存義務免除特約については問題になっていないが、このような事案で担保保存義務免除特約が問題になれば、右判旨と右4の最高裁判例からして、特約の効力ないし効力を主張することが許されるか否かの判断は、右債権者が担保保存義務に違反した際の特約当事者間で特約の効力が問題となり、そこで、債権者が特約の効力を主張することが信義則に違反し、権利の濫用と認められるような場合においては、抵当不動産によって負担すべき右責任の全部または一部は当然に消滅するものとされ、その後更に右不動産が第三者に譲渡された場合においても、右責任消滅の効果は影響を受けるものではないと判断されるものと解される。

二 民法第五〇四条と担保保存義務免除特約に関する従来の解釈は以下の通りである。

1 本条の立法趣旨をも参酌して、右特約を結んだ保証人等の合理的意思を解釈すれば、債権者が保証人等の代位の利益(求償権)を侵害することを知りながら担保を変更・解除したときもしくはこれを知らないことにつき重大な過失があったとき、または取引上の通念に照らし担保の変更・解除が債権回収の見地から見て合理的理由ないし根拠を欠くと認められるような場合にまで、本条による免責の利益を放棄する意思まであるとは解されない。したがって、右のような場合には、右特約の効力がないとされるか、右特約に基づく債権者の主張は信義則上許されないことになると思われる(判例・先例金融取引法・債権者の担保保存義務とその免除特約の効力・最高裁調査官魚住庸夫)。

2 担保の喪失・減少とは、抵当権の放棄、質物の毀損、保証債務の免除等の積極的行為ばかりでなく、担保保存のためになすべき処置を怠る不作為による場合を含む。債権者の故意または懈怠のあることを要する。故意または懈怠とは、故意または過失と同義とされ、かつ、担保の喪失・減少についての故意または過失であって、代位すべき者の免責を予見しまたは予見すべかりし事ではない。抵当権の放棄、保証債務の免除は原則として故意によるものであり、設定登記を怠る間に抵当権を喪失した場合は、過失を推定されよう。

担保の減少が銀行の保証人を害する意図でなされた場合若しくは保証人の求償権を害すべきことについて銀行に過失がある場合、または銀行の債権回収の見地からみて客観的合目的性が存しない場合には、銀行の担保の滅失・減少の行為は、特約にかかわらず、民法五〇四条の効果を生ぜしめるとされる。すなわち、特約の適用にあたっては、取引実態の具体的・総合的な判断に立脚し、銀行が担保を変更・解除するにあたって、実質的に保証人の求償の期待を害することにならないかどうかを、取引上要求される適当な注意を払って判断したか、という点を審査すべきことになる(現代契約法大系第六巻・保証と法定代位・野田宏)。

3 ここに「故意又ハ懈怠」とあるのは、一般に担保の喪失減少に対する故意過失であると解されているけれども、これは本条の基本的性格を誤るものである。本条によって保証人等が免責を得るのは、保証人等に対する債権者の注意義務の違反であり、故意・懈怠は債権者がこの注意義務に違背した態度をとったことを意味する。従って、単に担保の喪失減少自体に対する故意過失のみでは不十分であり、これによって保証人等が不利益を被るべきことについても認識があったか又は少なくとも認識し得べかりし事を要すると解さねばならぬ。保証契約の特殊性を考慮し、且つ、右のごとき文言がいわゆる例文的文言であって当事者の意思するところよりも過大な意味を表現する過剰文言たる場合が多いことを考慮するならば、契約書の文言のみに拘泥することなく、当該の場合の具体的諸事情に応じ、且つ信義誠実の原則に従って合理的な意思解釈をなすべきであることが理解されるであろう。そして、かかる合理的意思解釈の態度よりすれば、あるいは本件の特約も担保保全の注意義務を前面的に免除するものではなくある程度にこれを軽減する趣旨であったと解し得るかも知れない(継続的保証の研究・西村信雄・有斐閣二三〇頁・二五〇頁)。

4 特約の有効性は判例、学説ともに認めるところであるが、その効力の範囲については、学説はむしろ警戒的である。さて、限界として明白なものは、まず人的限界であって、それが特約の相手方(多くは保証人)以外、すなわち非取引者には及ばないということであり、ここには第三取得者、後順位担保権者、ことに問題の多い仮登記権利者が含まれ、差押え債権者、仮処分債権者など、不時に出現する権利者はどうか、賃借人はどうか等の問題が生ずる(金融法務事情六六五巻・担保保存義務について・大阪高裁判事宮川種一郎)。

5 「保証人は、貴行がその都合によって担保もしくは他の保証を変更・解除しても免責を主張しません」という銀行取引約定書の保証条項も、銀行の担保保存義務を手放しに免除したものと解すべきではない。担保減少が銀行の保証人を害する意図での場合または過失に基づいての場合はもちろん、債権回収という見地からいって少なくとも広い意味での客観的合目的性も存しない場合には、銀行の担保(保証も含む)の滅失ないし減少の行為は民法五〇四条の効果を生ぜしめる、と解すべきである(注釈民法17三三一頁・金融法務事情一一三七民法五〇四条と銀行実務(下)・大西武士)。

6 銀行取引約定書ひな型解説においても、「特に債権者が保証人を害する意図で、または過失によって担保保存義務に違反した以外は」免責を主張しないことを特約されたものであるとされている(全銀協法規小委員会編・新銀行取引約定書ひな型の解説二〇六頁)。

三 原判決の民法五〇四条の解釈適用が前記一、二記載の判例及び学説において支持される同条の解釈適用に明かに違反する点について

1 原判決も共同抵当関係にある不動産の一部に対する抵当権の放棄を民法五〇四条の適用の問題として捕らえている点、担保の喪失又は減少後の抵当不動産の第三取得者も民法五〇四条の免責を主張しうる立場にあることを前提にしていると思われる点、債権者と保証人あるいは物上保証人との間で締結される担保保存義務免除の特約の有効性を認めている点、但し、この特約の効力を主張することが信義則に反し権利の濫用にわたる場合には、これを主張することが許されなくなるとする点は、いずれも前記判例及び学説と同じであり基本的に是認し得る。

2 しかし、特約の効力を主張することが信義則に反し権利の濫用にあたるかどうかの判断については、平成二年四月一二日に最高裁判決が採用した基準やそれとほぼ同じような基準を採用する前記学説等とは明らかに異なっており、原判決の判断は判決に影響を及ぼすことが明らかな信義則に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

つまり、原判決は、本件放棄が、①追加融資の際にそれにほぼ見合う担保価値を有するものとして提供された追加担保を当該追加融資分の債務の完済と同時に放棄したものであること、②債務者側の強い要望に対し追加担保物件の売却処分に協力する立場からこれに応じたものであること、③上告人(被控訴人)の側でもそれによって自己の求償権が侵害されたり本件根抵当権が消滅したなどと争っていなかったことの事情を斟酌して被上告人(控訴人)が本件特約の効力を主張することが信義則に反し権利の濫用にあたるものではないと判断する。しかし、これらはいずれも、債権者が担保を変更・解除するにあたって、実質的に保証人の求償の期待を害することにならないかどうかを取引通念上要求される適当な注意を払って判断したかという点を度外視にした基準をもって信義則の適用を判断するものであり最高裁判例に反するばかりか、その内容においても到底公正なものとは認められない。

(一) つまり、①については、原判決が何を意味するものとして掲示したか明確ではないが、恐らくは、「取り敢えず本件不動産の担保価値を考慮して、これに見合う一億五〇〇〇万円のみを第一次融資として貸し付け、翌五七年三月に大宮物件が完成し、本件追加担保の設定が可能になるのを待って、ほぼその担保価値に見合う残りの二億五〇〇〇万円を追加融資として貸し付けることにした」という経緯を述べているところから、物上保証人金再鶴が根抵当権を設定した当時の状況としては将来の求償権が担保をもって保証されることを期待していなかったのであるから、追加担保を当該追加融資分の債務の完済と同時に放棄したことはさほど金再鶴ないし同人の相続人の期待に反せず不利益を与えるものではないことを理由にするものと思われる。

しかし、金再鶴は一億五〇〇〇万円の融資に対して四億円の根抵当権設定に応じているのであるから、真に金再鶴がこのような根抵当権設定に応じたのであれば、当然に追加担保設定が別途債務者により手立てされることを認識していたと思われるし、そうであれば当然に将来の求償に対する期待も持っていたと考えるのが経験則に合致した合理的意思解釈であって、原判決のように右経緯をもって、当然に、金再鶴に代位の利益に対する期待がなかったかのごとく論じ、それをもって債権者(被上告人)の信義則に従った注意義務を軽減する方向で考慮するのは明かに不公平な解釈適用といわねばならない。

前記最高裁平成二年四月一二日判決は、担保喪失・減少時に債権者がどの程度の注意義務を果たしたかによって信義則の適用を判断しており、担保設定時の状況までをも考慮して信義則の適用を判断していないが、仮に担保設定時の保証人ないし物上保証人の事情も考慮し得る場合があるとするならば、担保保存義務免除特約がいわゆる例文的文言であって当事者の意思するところよりも過大な意味を表現する過剰文言たる場合が多いことを考慮して(前記二、3の学説の通り)、前記東京高裁昭和五四年三月二六日判決のように、担保保存義務を免除する特約は、契約締結に当たって、保証人にその特約の存在とその趣旨を了解させることを要すると解し、このような了解が保証人ないし物上保証人にあったかどうかが併せ検討されるのが公平であり、このような検討もなく、簡単に代位の利益に対する期待がなかったと判断されることがあってはならない。

(二) 右②の事情については、一応、担保の喪失・減少時の状況であるから、直ちに前記最高裁平成二年四月一二日判例に反するとは言えないが、しかし、債務者側の強い要望があったというのは、保証人や物上保証人との関係では何ら債権者側の信義則に従った行動や注意義務を軽減するものではないことは明らかである。

いくら債務者側から強い要望があったとしても、何ら物上保証人側に通知、連絡もせず、又、なんら承諾も取らずに、物上保証人の求償の利益が害されるのを認識しながら担保の喪失・減少に応じるのは、債権者として極めて責任が重いといわねばならず、右のような債務者側から強い要望があったという事情があることをもって、債権者が免責特約の効果を主張することが信義則に反することがなくなるとするのは合理性がない。

(三) 右③についても、特約の効力を主張することが信義則に反しないか否かの判断は、前記最高裁判例でも明らかなように、担保保存義務違反の状況が担保保存義務者にとって真にやむを得ない事情があったか否かが判断されるものであり、このような事後の事情まで勘案して信義則違反が判断されるべきではない。

ましてや、信義則に反するかどうかの判断は、特約の効力の主張に関することであるから特約締結の当事者、つまり本件で言えば金再鶴の相続人との関係で、判断されるものであるにもかかわらず、第三取得者である上告人(第一審・第二審とも上告人を第三取得者と認定する)との間の事情を考慮するものであり許されない(前記二、4の学説参照)。

前記最高裁判決が、担保の喪失・減少時の状況をとらえて信義則の適用を行っている所からして、担保の喪失・減少後の事情を考慮すること自体、同判決に反するものといわねばならないが、仮に事後の事情を考慮し得る場合があったとしても、それは、担保保存義務免除特約を締結した当事者間での事情でなければならないはずである。原判決のように第三取得者との間における事情をも考慮することになれば、特約の効力を第三取得者との間においても認めたと同然になり、その違法は著しい。

四 原判決は、被控訴人を結局、第三取得者と認定しながら、本件特約の効力が第三者である被控訴人にも及ぶのと同様の結果となると認定するが、同判決には物権と債権を混同した違法があると言わざるを得ない。

1 原判決は「昭和六〇年一二月一〇日の本件不動産を所有していたのは右特約の当事者である金再鶴の相続人であって、当然に右特約の効力を受ける立場にあったものであるから、この特約が有効である限り、本件放棄によって右責任消滅の効果が発生することはなく、また、その後に本件不動産を取得した被控訴人としても、そのような責任を負担したままの本件不動産を取得することになるので、結局、本件特約の効力が第三者である被控訴人にも及んだのと同様の結果となる」と判断する。

この判断は、特約の効力が第三者には及ばないことを前提にしながらも、結果として契約の効力を第三者に及ばしているものであり不当である。

2 また、原判決は特約が有効であることを理由に直ちに「責任消滅の効果が発生することはない」と判断するところに民法五〇四条の解釈、適用の誤りがある。

民法五〇四条の「免責」は極めて物権的性格のものであり、法定代位権者は、担保の喪失または減少により償還を受けることができなくなった限度で、弁済しなくても法律上当然に免責の効果が発生し、設定登記の抹消登記請求等が可能になるとするのが判例、学説の認めるところである。ただ、本条が任意規定であることから免責の主張を行わないことを特約すること自体は有効とされているのであるが、これは、あくまで特約当事者間で免責を主張しないことを約するに過ぎないもので、責任消滅の効果の発生まで否認するものではないと解すべきである。

本件契約書における担保保存義務免除特約が「根抵当権設定者は、貴金庫がその都合によって他の担保もしくは保証を変更、解除しても免責を主張しません」という文言になっていることからも、右のような解釈が五〇四条と担保保存義務免除特約との整合性ある解釈といわねばならない。

ところが、原判決は、特約が有効であれば責任消滅の効果が発生することはないと論ずることによって、そのような責任を負担したままの本件不動産を第三者が取得するものとして、結局、特約の効力を第三者に及ぼし特約の効力を主張することが第三者との関係において信義則に反するかを検討する結果となっているのである。しかし、このような論旨は、債権があくまで約束した当事者間でしか効力を有しないという債権の大原則に反する違法を犯していると言わざるを得ない。

3 右特約が、例えば賃借権のようにある程度公示力を有することから物権化してる債権であれば、右のような論旨も合理性を持ち得ようが、同特約は極めて例文的な約束事であるのでそのような強い効力を認めることは到底できない。原判決は、右特約を対抗力ある賃借権と同じように物権的に扱うという違法を犯しているのである。

4 また、仮に、担保保存義務免除特約を締結し、「この特約が有効で有る限り」、担保保存義務違反があっても物上保証人等に「責任消滅の効果が発生することはない」という右原判決が採用する法律構成を前提にするにしても、それは、最高裁判例も認めるように、担保保存義務違反があった際に債権者に故意ないし重大な過失が認められないような場合で特約の効力を主張することが信義則に反しないような場合にあって始めて責任消滅の効果が発生しないと判断されるのであって、原判決のごとく「特約が有効である限り、本件放棄によって右責任消滅の効果が発生することはなく」と単純に判断するのは、この問題をめぐって判例及び学説が、五〇四条と担保保存義務免除特約との調整を、信義則ないし権利濫用という一般条項を用いて調整を図ってきたこれまでの努力をまったく度外視してしまうものであり、その違法性は著しいと言わねばならない。

5 原判決は、担保喪失時つまり担保保存義務違反時の事情として、その時の物上保証人つまり本件では金再鶴の相続人との間で、債権者が特約の効力を主張することが信義則に反し権利の乱用になるかを一切判断することなく、「この特約が有効である限り、本件放棄によって右責任消滅の効果が発生することはなく」、また、「その後に本件不動産を取得した被控訴人としても、そのような責任を負担したままの本件不動産を取得することになるので、結局、本件特約の効力が第三者である被控訴人にも及んだのと同様の結果となる」と認定し、結果、上告人を第三取得者と認定しながら、結果として特約の効力を上告人に及ぼし、結果、第三取得者である上告人の事後の事情を勘案して信義則の適用を行うという誤りを犯しているのである。

第二、第三、第四<省略>

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